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明治時代のエピソード
1921年のワシントン会議に日本首席全権委員として出席した加藤友三郎は、外国記者から侮られ、細身の体格のため「ロウソク」などと陰口を叩かれていた。しかし、米国発案の軍縮案に、加藤が堂々とした態度で賛成を表明したことで評価は一変。「危機の世界を明るく照らす偉大なロウソク」「アドミラル・ステイツマン(一流の政治センスをもった提督)」と称揚された。
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エピソードを残した人物の横顔
- 加藤友三郎
- 元帥海軍大将。日露戦争では連合艦隊参謀長兼第一艦隊参謀長を務める。作戦担当参謀である秋山真之とは違い寡黙な性格であるが職責には厳格であり、総司令官・東郷平...
加藤友三郎の他のエピソード
現代に残る、加藤友三郎の素顔を知ることの出来る手がかり
- 「海軍でも1、2を争う酒豪であった。」
- 「1921年のワシントン会議に日本首席全権委員として出席(当時の役職は原内閣で海軍大臣)。歴史上初の軍縮会議となるワシントン会議で、日本がどのような立場を表明するのか非常に難しい選択が迫られていた。そのような状況で、原敬内閣総理大臣は加藤友三郎に全幅の信頼をよせ送り出した。「国内のことは自分(原)がまとめるから、あなた(加藤)はワシントンで思う存分やってください。」(原敬)」
- 「1921年のワシントン会議に日本首席全権委員として出席した加藤友三郎は、外国記者から侮られ、細身の体格のため「ロウソク」などと陰口を叩かれていた。しかし、米国発案の軍縮案に、加藤が堂々とした態度で賛成を表明したことで評価は一変。「危機の世界を明るく照らす偉大なロウソク」「アドミラル・ステイツマン(一流の政治センスをもった提督)」と称揚された。」
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- 児玉源太郎の身長は150cm程度であり、当時でもかなり小柄であった。
- 児玉源太郎
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